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イザヤとヒゼキヤ王を悩ます忌まわしいしきたりなぜ、イザヤは民を率いて東の果ての島々に行かなければならなかったのか。なぜ、ダビデ王朝の正当な継承者が祖国をあとにしなければならなかったのかをイザヤ書から解明していきたいと思います。 |
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イザヤ書5章1〜4節
神ヤハウェによって正しい歩むべく道を指し示されたにも関わらず、また、ウジヤ、ヨタムと言う良い王に統治されているにも関わらず、南ユダ王国の実情はこの聖句に書かれている通りであった。同時期に書かれたミカの預言書にも書かれていることだが、人が人としてどう歩むべきか…それはルールやしきたりではなく人が人に思いやりを持ち、自分のできることに邁進することではなかったか。 ヒゼキヤ王は悪しき慣習を打ち破り、神殿を清め、大々的に過越祭を行なった。北イスラエルにも飛脚を遣わし、過越祭に参加するよう伝え、一部の北イスラエルの民は過越を祝うためにエルサレムに集まって来た。アッシリアに包囲された時にも神ヤハウェにより頼み、そしてアッシリアの18万5千人の大軍は一夜にして屍の山となった。 しかし、そのヒゼキヤ王がなぜ重い病にかかり、神から死の宣告をされたのか。そしてその後15年間生き長らえるようにされたのか。そのことを考えてみる必要性がある。 イザヤ書におもしろい表現がある。 イザヤ書8章3節
新世界訳では女預言者と記されている。自分の妻をそう呼ぶには何か妻と称してはならない事情があるのだろうか。そしてヒゼキヤ王が義と信仰の人だったにも関わらず死の病にかかったのもそう言った何かがあったのではないだろうか。 |
推測してみると、イザヤはダビデの血を引いており、女預言者はアロンの血を引いていたとすればどうだろう。そしてヒゼキヤ王の子をはらんだ妻もしくはそばめがアロンの血を引いていたとすれば…当時のユダヤ人にとってダビデの家とアロンの家は姻戚関係を結んではならないと言う掟があったのかも知れない。 それゆえイザヤが祖国を後にし、新天地へ向かわなければならなかった。またヒゼキヤ王の最初の息子が歴史から消され、イザヤによって新天地の王として共に新天地へ向かったとするなら…天皇家はダビデとアロンの両方の血を引く統治者と言うことになり、正当なる祭司王・法王と言うことになる。 後にローマの総督に「ユダヤ人の王」と称されたイエス・キリストもまた、父ヨセフはダビデの血を引いており、母マリアはいとこのエリサベツがアロンの血を引いている。 しかし、なぜ日本なのか?他にもよい場所があるはずなのに…そのわけは次の聖句に集約されているのかも知れない。 イザヤ書24章15〜16節
「東」「海沿いの国々」「地の果て」北イスラエル・南ユダからすればそのような場所は日本と言うことになる。おそらく預言されていた場所に義なる者・信心深い者を再出発の地としてイザヤが告げ知らされていたのかも知れない。 また、北イスラエルが滅亡した後、王の命令により、エルサレムへ向かった北イスラエルの難民をヒゼキヤ王が親切に扱いエルサレムに寄留地を与えたかも知れない。しかし、不信心な民はこの難民をそしり、厄介者扱いしたのではないだろうか。 その結果、義なる者たちは南ユダ王国からすべて抜き去られてやがて悲惨な末路をたどることになったとも言える。これがイエスの「ひとりは連れてゆかれ、ひとりは捨てられる」と言う意味を表しているのかも知れない。 結局の所、人間慢心していると、自分が滅びに向かっていることすらわからなくなる。現在の世界情勢を見るに付け、果たして誰が救い出され、誰が地獄に捨てられるのか…じっくり考えてみる必要がある。地獄はあの世にあるのではなく、この世の邪悪な者達が作っているのだと。→神武東征の謎へ。 |